陰陽座「鬼子母神」

陰陽座_鬼子母神
陰陽座「鬼子母神」 (2011)

バンド結成当初よりリーダー瞬火(Ba&Vo)の頭の中にはその構想があったという、陰陽座の10作目にしてオリジナル・ストーリーによる初のコンセプト・アルバムです。
今回バンド初のダウンチューニングによる作曲/演奏がなされており、暗いコンセプトにマッチしてかなり効果を挙げています。またDrの土橋氏も、ある意味“軽やかさ”が魅力だった前任の河塚氏とは違った、重く迫力のある演奏で本作の充実に一役買っています。

BARKSの瞬火へのインタビューが秀逸 → コチラ

<曲目>
 壱、組曲「鬼子母神」~啾啾
 弐、組曲「鬼子母神」~徨
 参、組曲「鬼子母神」~産衣
 四、組曲「鬼子母神」~膾
 伍、組曲「鬼子母神」~鬼拵ノ唄
 六、組曲「鬼子母神」~月光
 七、組曲「鬼子母神」~柘榴と呪縛
 八、組曲「鬼子母神」~鬼子母人
 九、組曲「鬼子母神」~怨讐の果て
 拾、組曲「鬼子母神」~径
拾壱、組曲「鬼子母神」~紅涙
拾弐、組曲「鬼子母神」~鬼哭
―その山には、子を連れた鬼が出るという。

①啾啾:山の上に立つ隻眼の鬼(静)と少女。失われた左目から血の涙を流す鬼は少女に呼び掛ける。
本作の数少ない台詞の一つ、「はな」が次曲の流れと相まって凄まじい破壊力。何を破壊するかって、そりゃ私の涙腺です。

②徨:妻子を殺された浪人・九鬼十蔵は山村に迷い込む。2人を助けられなかった事を悔んでは繰り返し夢にうなされる。
今までのアルバムならばシングルになってそうな本作随一のキラー・チューンです。前曲に続いてすかさず刻むリフがめちゃくちゃかっこいい。正に彷徨っているかのような瞬火の歌い出し、流麗なサビが絶品。特に「光閉ざす 流亡の果てに」のメロディ・ラインと瞬火の歌い回しは最高。十蔵の妻・佳乃による「迷うなかれ」が素晴らしいアクセントになっています。

③産衣:我が子を亡くした静は、その蘇生を企み、「赤子の生き肝」を求める。
静の心情を映したヘヴィな曲。どこがサビだか分からないくらい歌メロが平坦です。雰囲気は出ているけれど。

④膾:《鬼退治》を依頼された十蔵、逆に嵌められる。
飲まされた薬の効果で朦朧とする十蔵の意識をウネウネする曲調が上手く表しています。狩姦(Gt)による飛び道具的なギター・ソロが◎。

⑤鬼拵ノ唄:年に一度の《山神祀り》、鬼拵村の村人による唄
お得意のお祭りソング。「鬼が 居らんな まあええ」がツボ。招鬼(Gt)による、「懲りずに皆さんご一緒に!」に続く第二弾(笑)、「居らにゃあ 居らんで 拵えりゃ仕舞いじゃ」もいい。

⑥月光:《山神祀り》で奉げられる《贄子》を攫った静の心情の変化
黒猫(Vo)の独壇場のピアノ・バラード。

⑦柘榴と呪縛:少女「はな」と共に山に籠る茂吉は、自らの運命に「はな」を付き合わせることを悩みつつも妻子を殺された恨みを胸に抱く。
前曲がピアノならこちらはアコギ・バラード。茂吉の妻・葉奈の祈りにも似た歌が哀しい。

⑧鬼子母人:鬼拵村を統べる巫女・禎は《山神祀り》の《贄子》を利用して、静と同様、死んだ我が子を生き返らせようとする。
この曲からアルバムは一気に盛り上がります。KAMELOTMarch Of Mephistoばりの荘厳さと邪悪さを放出するヘヴィ・チューン。イントロのリフが有り得ない程かっこいい。禎が乗り移ったかのような黒猫のパフォーマンス、禎の狂気を映すかのようなギター・ソロも素晴らしい。

⑨怨讐の果て:茂吉is Screaming For Vengeance
ブルージーでメロディアスな佳曲。サビのバックのギターメロディが良い。「はな」を上手く使った歌詞にも注目。

⑩径:静と「はな」を逃がすために十蔵は村人の前でハッタリをかます。
本作随一のドラマティック・チューン。十蔵による理屈っぽい演説ブチかまし~「いざや 道を あけい」後のテンポアップでアドレナリンMAX!でも泣けるっ!このリフがありがちながら実にかっこ良く、駆けて行く静の様子を上手く表現しています。そこに被さってくる黒猫のVoによるブリッジと瞬火と黒猫が絡むサビが、十蔵と静の姿を鮮やかに描き出します。緊迫感を伴うギター・ソロを経ての静かなパートがクライマックスに向けての哀感を煽る煽る。「はな」と静のため時間を稼ごうとする十蔵、彼の策を無駄にしないために「はな」を抱いて走る静の両者が絡み合うラストのサビは尋常じゃない感動。
“道”に迷い生き方に迷い山中を「徨」っていた十蔵最後の曲が「径(みち)」だなんて泣かせるじゃないですか。

⑪紅涙:「はな」を連れて山の上まで逃げた静は、これまでの道程を振り返り血の涙を流す。
静の心情を見事に表現する黒猫のヴォーカルによるバラード。
指導者を失った鬼拵村だったが、禎の下女・祥の元で再生する。そして再び鬼拵ノ唄が聞こえてくる…。

⑫鬼哭:山の上に立つ静と「はな」。静は「はな」に呼び掛け、山中に消える。
「はな 行こう」がヤバ過ぎる。特に「行こう」の一言に静の怒りや諦観、心身の痛み等が見事に表現されています。ここまで詩の世界観を表現できるヴォーカル(台詞だけど)は黒猫をおいて他にはいないでしょう。曲自体は黒猫の絶唱が映える疾走曲です。サビがジャパメタっぽいですね。本作ではあまり目立たないツインリードのハモりもここぞとばかりに使用。
アルバムの始めと終わりにスピード・チューンで配することで作品が引き締まると共に、より「鬼哭~啾啾」の流れを印象付けられます。この冒頭にエピローグを配置する構成は、瞬火による京極夏彦の某作品へのオマージュか?ブックレットは順序通りに「鬼哭~啾啾」になってます。


ストーリーは無視して音楽的な面のみ見るとのつかみは超強力なものの、③④とヘヴィな曲、⑥⑦と大人しい曲が続きます。またお祭りソングを含めて、過去の同タイプの曲に比べてメロディが弱い印象です。歌メロにキャッチーさが足りないんだな。まぁそういう性格のアルバムではないんですが。そういうことで前半~中盤はやや物足りないです。しかしヘヴィかつ荘厳なからは最後まで隙無し。曲調もバラエティに富んでいて、ストーリーに動きが出てくるのに合わせて何か切迫したものを感じさせながらダイナミックに盛り上がります。

本作への鬼子母神伝承の織り込み方、《鬼》とは何なのか等、これ以上私の駄文を連ねることは止めますが、本作は妖怪を依り代に《人》そのものを描いてきた陰陽座の集大成となった感があります。

陰陽座は、元々その音を聴くだけでもかなり良質な(我ながらかなり控えめな言い方だな)音楽体験を得られますが、楽曲のテーマ(例えば個々の妖怪)の背景を知っていたり、歌詞が韻を踏むところや二重の意味が込められた箇所に着目すると、より深く楽しめる/感動できるという、<仕掛け>の多いアーティストでもあります。本作は「絶界の鬼子母神」という戯曲(脚本)があるおかげで、その<仕掛け>が非常に分かりやすく、かつ最大限効果的に感じられる仕組みになっています。陰陽座の独特の世界観を愛する人が戯曲を読まないで済ます手は無いでしょう。
実際、戯曲を読んでいればこそ分かる、もしくはより理解が深まる表現があります。
例えば、の「亡き 彼の霊(かのたま)に 手向く」で十蔵の妻子・佳乃と玉を表して二重の意味になっている事、の「喰らい厭きた 柘榴に 説道の 嘘を知る」にて、なぜ茂吉が“柘榴は人の肉の味がする”という言い伝えを「嘘」だと言えるのか、の「眼下に 零る 一粒 滲んで」が静の視点からの十蔵の最期を表している事、等々。特にのドキドキ感や感動は、そのシーンが頭に浮かぶことによって桁違いに増幅されるんじゃないかと思います。の歌詞と黒猫の歌い回しも、静が女郎だった事を知っているとすんなり腑に落ちる。

楽曲の集合体としては本作は陰陽座の最高傑作ではないかもしれません。しかし、約10年間このバンドを聴いてきた私にとって最も胸に響いてくる作品になりました。
何より、バンド結成時よりそのアイデアを12年間暖めて暖めて暖めて、先の見えない状況で(本作を作ることを)我慢して我慢して我慢して、ここに傑作を届けてくれた瞬火の忍耐と信念に最大の賛辞を、そして彼と陰陽座に「おめでとう」と「ありがとう」という言葉を贈りたいと思います。

もうそろそろBurrn!は陰陽座を「クロスレビュー&表紙」にして扱ってもよかろう?
以上、駄文を費やすのを止めると言いながらダラダラ書いちゃいました。

【お気に入り】
あえて挙げると、
②組曲「鬼子母神」~徨
⑩組曲「鬼子母神」~径
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