奥泉光『ノヴァーリスの引用/滝』

奥泉光_ノヴァーリスの引用_滝
奥泉光『ノヴァーリスの引用/滝』 (創元推理文庫)

奥泉光による初期の中編、『ノヴァーリスの引用』と『滝』を読みました。

恩師の葬儀からの帰り道、男たちは酒を酌み交わしながら、かつて図書館の屋上から墜落した友人の死の真相を推理する――幾重もの推理が読者を彼岸へと誘うアンチ・ミステリ「ノヴァーリスの引用」。 罠と悪意にからめとられ、極限状態に追い詰められていく少年たちの心理を緻密に描きだした傑作と名高い「滝」。 著者のミステリ世界が凝縮された初期の代表作を一冊にまとめて贈る。

この作者が書く文章はサイッコーに好みなのよね。めちゃくちゃ文章巧い。超絶技巧。
こういう文章を書いてみたいよ。間違いなく無理なんだけど。


以下、人によっては「ネタバレ」と感じる部分があると思いますので、ご注意ください。
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そのキャリアの初めっから、奥泉光は奥泉光だったんだなぁ…。

『ノヴァーリスの引用』
謎解きミステリかと思わせて、跳躍。いや、跳躍というよりは途中からだんだんと変容、確かなことがなにひとつ無いような幻想&酩酊ワールドに突入します。石塚の死は自殺だったのか他殺だったのかという「謎」の真相は明らかにはならず、トリックに重きを置く読み手にとってはやはり相性の良くない作家です。というか、ミステリ方面からの評価が高い人だと思うんだけど、その実、ミステリ的読み方とはあまりマッチしない作風の人よね。

結末のすっきりさではなく、そこに至るまでの道程の面白さ、作品全体が醸し出す雰囲気に飲まれてしまうような読書体験、それこそが至高。
最初友人同士かと思われた研究会メンバーの関係性が、物語の進行によって違った側面を見せます。そのグロテスクさや距離感の描写が、この作者ならではだなぁ…と感じます。ちょっとした表現や行間に漂うユーモアね。それと終盤、時空がズレてゆく感覚の気持ち悪さ。何だか分からない感覚に否応なく押し流されながら読み進めるしかない。


『滝』
なんだこれ、怖ろしい作品だな。言いようのない緊張感に苛まれ、出口が見えない感覚に胸が締めつけられる。読んでてめちゃくちゃ苦しいわ。
『ノヴァーリスの引用』だけでも文庫化されてますけど、この『滝』を読むために、この創元推理文庫版を手に入れる価値があると思います。

信仰の内容は詳らかにされないものの、ある種の宗教団体における、少年組から青年組への通過儀礼のような修行。人里から隔離された山岳で行われるそれは、7つの社における試練と7つの滝のおける罰ゲーム的な禊がセットになったものです。
その修行を完遂しようとする5人の少年たちの裏には、試練(誓約と呼ばれる)の結果を意図的に操作する者(=青年組)の存在があります。それら2つの陣営の様子が交互に描かれる。

『ノヴァーリスの引用』と比べると、こちらは最初から雲行きがおかしくなりそうな予兆を孕んでいます。それでも途中までは2つの陣営のカラーは明確なんですよね。少年たちの「純潔」「光」「白」に対して、青年組の「策謀」「闇」「黒」、そして「男色」といったイメージ。

その構図が途中から崩れる。
誓約に加えた操作のコントロールが効かなくなる。その不安さと不気味さには凄まじい重圧感があります。意図していない地点へと物語が勝手に転がっていく様が怖ろしいのなんの。遂には、白が白でいられなくなり、カタストロフが訪れます。

もとはといえば、青年組の達彦(と河合)は、ゆくゆくは教団の幹部となるであろう少年たちのリーダー・片桐勲へ成長を促すために、誓約に操作を加えるわけで、双方の陣営に共通したキーマンは勲になります。その勲について、作者は一切の心理描写をしません。彼が発する言葉自体、非常に少ない。常にうっすらと微笑みを浮かべているのみ。読者は周りの少年や達彦らの評価から、勲の人物像を推し量るしかないのです。その「何者か分からない」感覚が、不気味さに拍車をかけます。

作者は、登場人物の行動や思考をストレートに描写するのではなく、比喩や象徴を用いたり自然の描写を通して、イメージを巧みに操ります。知らず知らずのうちに、読者は巧緻に作り上げた世界に飲み込まれる。時間と空間が曖昧になり、見当識が失われる。
恐るべし奥泉光、である。すげえよ。
傑作かと。


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