I.D.And Fly LooM “ENTERTAINMENT SHOW” 『 曲解の奇術師 』 @東京キネマ倶楽部 (2019/7/25)

I.D.And Fly LooM “ENTERTAINMENT SHOW” 『 曲解の奇術師 』 東京キネマ倶楽部 (2019/7/25)



【曲解】
物事や相手の言動などを素直に受け取らないで、ねじまげて解釈すること。また、その解釈。

【奇術】
①観客にわからないような仕掛けで人の目をくらまし、いかにも不思議なことが起こったように見せる芸。手品。
②不思議なわざ。



メンバーの意欲が向上し過ぎたからという謎の理由により、当初の予定より1ヶ月ほど日程が早まった、I.D.And Fly LooMの“ENTERTAINMENT SHOW”にフラってきました。
実質的な単独公演。…なんでしょうけど、そうは謳っておらず、「ENTERTAINMENT SHOW」と冠しているところ。そこに本公演への拘りと狙いを感じます。

管理人の1stアイフラ・アタックとなった初ワンマン公演のタイトルが『ガラクタの住むお城』で、今回が『曲解の奇術師』。それだけでもう、こちらの感性にビビビと訴えかけてくるものがあり、期待せざるを得ません。
舞台は、東京キネマ倶楽部。キネマといえば、前身ユニットであるダイヤモンドルフィーがコンセプト・ワンマン・ライブ、『ピエロのアトリエ』を開催した会場になります。
道化師(ピエロ)と奇術師。
この相似。



ダイヤモンドルフィーの曲には、度々登場する言葉やテーマがあります。それは「たまたま同じことについて歌った曲が複数ある」なんてレベルの話ではなく、それこそダイヤモンドルフィーというグループが何を表現したいのかという、根本の部分にまで踏み込んでいく、その手がかりとなるものじゃないかと。
それらの言葉/テーマを歌詞から抽出して挙げてみると、意図せずして陳腐に響いてしまうきらいもありますが、「夢」「生き方」「自分の居場所」「選択」といったものになる気がしてます。

それらと並んで、ドルフィー後期からその後継のアイフラへと続いている(ように思われる)詞のテーマに、「錯覚」があります。
目に映っているものはほんとうの姿なのか?
その不確かさ。危うさ。怖さ。
曲でいうと、fake pokerアイロニーディストピアピエロのアトリエ白い黒錯覚の喜雨という系譜になりそうです。

「この世界の中では真実と事実異なり」
「私達が目指している夢と呼ばれるこの夢は 捻じ曲げられたfakeかもしれない」
「全て自分の思考を軸にして まるで神の視点で 誰もかれもこの世界を生きてる」
「今見ている白は本当は 暗くくすんで歪んだ黒かもしれない」
「想像できなかった未来に惑わされて ふと見上げた世界は皮肉な立ち振る舞い」

「この世にたった一つの真実とは 立ち振る舞いと見せ方次第」

「尊き己の美学を真っすぐ貫く」
「ブラフが増殖する中真実を掲げ続ける」
「さぁ、踏み出せ」
「これからもずっと一緒に最高の今を生きよう」
「澄み渡るキャンバスに 思い切り思い通りに きっと空の色も変えられる」
「大事なことはきっと自分に筋を通すこと」
「拳をあげて 誇らしく生きていこうじゃないか」
「白く黒い夢燃え尽きるまで」


シュレーディンガーの猫のようにを初めて聴いたときのレポ(→コチラ)で書いたように、「錯覚」から導き出される「解」のひとつとして、不確かな世界だからこそ自分次第でどうにでもなる、「生き方」を自分で「選択」することができる、というのがあるんじゃないかと。
そう、上に挙げたテーマは相互に絡み合っている。


さて、「奇術」である。
仕掛けを用いて「錯覚」させるのが「奇術」と言えるわけで、こりゃあアイフラの得意技っつーか、実に似つかわしいモチーフですわね。
管理人は騙されやすいヲッサンです。ミステリ(推理小説)を読むのは好きですけどね、読んでる最中もトリックを見破ってやろうとか、犯人を当ててやろうとか、騙されないぞ騙されないぞとか、全然思ってない。予想しない。先を読まない。そのまま受け入れる。むしろ騙されたいマン。そっちのほうが楽しいですし。
騙されるのは上手いですよ、あたしゃあ(笑)。疑うことを知らないピュア中年だから。ミステリ作家にとっては良い読者、チョロい読者だと思いますねぇ。わあい錯覚、おひげ 騙されるのだいすき。

ということで、この公演でもまんまと騙された。
奇術師たちに。

キネマ倶楽部の2階から観てたんですよ。
丸~いバルコニー状になったプレミアム×30席は、あらかじめ座席指定されてるわけじゃなくて、整理番号順に入場した人から好きな席を選んで座っていいよ、という変則方式。管理人の整理番号は良かったので、というか1番だったので()、選びたい放題でした。ド真ん中をちょっとだけ上手側に外し、キネマ倶楽部の名物であるサブ・ステージを正面から捉えることのできる位置にスタンバイ。着席スタイルだと手すりがやや邪魔な位置にくるものの、当然ながらステージ全体を視界に収めることができます。こりゃええ、こりぇええ。

幕が開き、ステージセットが明らかになった瞬間、ゾワッと鳥肌が立ちました。
グループのシンボルである無限大∞型の骨組みに、深紅の緞帳と「Entertainment Show」の電飾が光るパネル。メイン・ステージにはバー・カウンター、サブ・ステージにはスロットマシンとダーツ・ボード。わざとゴテゴテに装飾した作り込みが凄まじい…。
おいおいおいおい、これがチケ代2,000円のステージセットかよ。ブルフォレのワンマンはガチガチに作り込んでくる、というのを知っていてもなおビビるほどの豪華さです。

既に赤衣装でスタンバってたメンバーはマネキンのように静止しており、中央には男女2人の司会進行役。トムとキャリーと自己紹介(カルーセルシンドロームに登場するキャラね)した2人による口上から、Entertainment Showはスタートしました。
深夜の海外通販番組かのようなテンションで喋るトムくんとキャリーさんは、その演技の巧さもあり、瞬く間に場の空気を“非日常”へと変えます。2人のノリに呼応するように、フロアからは「トムー!」「キャリー!」との声が飛ぶ。ファンのこういう、予想だにしないモノをすんなり受け入れちゃうところ、面白いものには率先して乗っかってゆくところ、めっちゃすきよ。

数曲を披露する度に、トムとキャリーが登場してお喋りをします。そこで1つのセクションが区切られ、衣装チェンジや次の“動き”への準備となる。
ステージの進行方法を過去のドルフィー・ワンマンと比較するならば、恵比寿LIQUIDROOMで行われた『イカサマサーカス』に近いでしょうか。管理人は実際に観たわけじゃなくパッケージ化されたライブDVDで確認したのみですが、案内役のピエロが登場して観客を“見世物”へといざなうというやり方がね。

結果、本編は3部構成になっていました。
世界観に引き摺り込む1部。
奇術が発動する2部。
キネマという舞台を使い切った3部。
…と、そんなふうに冷静に振り返ることができるのも、今だからこそですけどね。ライブ中にそんな余裕 is 無い。その場では、「次どうなるんだろう?」というドキドキ感に支配されていました。観ること、それと聴くことに集中していて、“ロック・ライブ”らしい動きはほとんどしませんでした。ステージで起こっていることに魅入られて、それを把握しようと精一杯で、オイ!オイ!ってやることでさえ自身の集中力を殺ぎそうでイヤだった。正に座り地蔵。
そんなこんな、奇術師たちに翻弄されているうちに、それこそあっという間に終わってしまった単独公演でした。


そうそう、「奇術」の話でしたよね。
本公演ならではの「奇術」を含む演出について、簡単に挙げてゆきたいと思います。

いっこめ。
ステージ上に設えたバー・カウンター。映画仕立てというか、カルーセルシンドロームのMVのような雰囲気を醸し出す一角になっていたそこに、2脚のスツールがありました。オープニングではnatuskiと一緒に座っていた石像、それが目くらまし。This is fake。
“2部”の冒頭でのトムとキャリーの会話の中で、それが「奇術」であったことが明らかにされました。トムが指パッチンをすると、これまでずっと静止していた“石像”が動き出して、ステージ袖へと去ってゆきました。口あんぐり。アタマのどこかでは「何かあるな」とは感じていたものの、先述したようにワタクシ、先を読まない騙されやすいヲッサンなのでね、まんまと驚かされましたよね。
「あの白い石像は実は人間だったんだよ!」
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オープニングから“1部”の4曲の間、ずっと微動だにしなかった石像さんすげえ…。。。
どうやら東京Hackのメンバーだったそうで。納得。

にこめ。
トムとキャリーによる「石像種明かし」に続いて、黒いフード付きローブを被ったメンバーが3人登場しました。衣装は赤、顔にはニヤニヤ笑いの不気味な仮面。衣装のディティールから判断すると、natsukiとchihiroとhinakoですかね。
トムから「3人だけでいいの?」と尋られ、コクンと頷く仮面たち。始まったのはトロイの木馬でした。
「これは間違いなく何かあるぞ」という思いと、「え、3人だけで1曲やっちゃうの?」という思いがボンヤリ浮かんでくるなか、1番の途中だったかな、黒衣装にチェンジしたmichelle/mei/asunaの3人が颯爽と登場ッ!
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そのタイミングと鮮やかさに一瞬で鳥肌が立っちゃった。
赤と黒が入り乱れるステージ。

その時点で十分に「なんだってー!」だったものの、それだけでは「奇術」とは言えないわけで、さらなる「なんだってー!」がその後に待っているから「なんだってー!」なのである。
2番の途中だったかな、ラスサビ前だったかな、同じく黒衣装にチェンジしたnatsukiとchihiroとhinako(仮面なし)が登場。
ステージ上には、黒アイフラ6人と仮面3人。

え?
えっ!?
なにこれ…ッ!?

ごくゆっくりとしかアタマが回転しない管理人には状況が理解できず、しばし思考停止しましたよね。

「仮面の3人はアイフラメンバーじゃなかったんだよ!」
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入れ替わり。
それが奇術。This is fake。
この仕掛けを「トロイの木馬」でやるのが“らしい”よね。
まんまと騙されました。疑うことを知らないピュア中年だから。入れ替わりトリックがあまりにもビシッとキマるもんだから、ウルウルしてきちゃったよね。涙腺の緩んだピュア中年だから。ヲジサン胸いっぱいですよ。
もし可能ならば、2階から観ていた私の目に映った光景をそのまんま動画にして、配信してやりたいくらいです。

そして、終演後にはさらなる「なんだってー!」が待っていたんですけどね。
入れ替わりトリックのネタバレ・ツイートで。
「あの仮面の3人は実はエルフロートだったんだよ!」
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考えてみりゃそうよね。仮面3人のキレのあるダンスはとても素人エキストラのそれじゃないですし。そもそも3人の動きや背丈からして、仮面=妖精だと気づいていたファンも多かったようで。
もちろん管理人はンなことには気づかないっス。疑うことを知らないピュア中年だから。

さんこめ。
これは「奇術」ではないかもしれないけど、ここキネマ倶楽部ならではの演出ということで、やはりサブ・ステージの使用法はひとつの特色であったろうと思います。曲のキメとなる場面で、メイン・ステージから階段で繋がったサブステに上がって歌ったり、SNAKE GIRL終盤でステージからいなくなったnatuskiが次のanswer of killの歌い出し(イントロに被せて歌うアレンジVer.)でサブステから登場したり。
あとはライフアクセルで、ステージ上のオブジェとばっかり思っていたゴム・ボートをフロアの海に投げ込んで、それに乗ったchihiroが練り歩くって趣向もありましたね。This is 神輿。「ちひろいってらっしゃーい!」の声に見送られてニコニコしながらボートの上で手を振る彼女の姿は、その天真爛漫なキャラに合っていて、微笑ましくも印象的ないち場面になってました。
アンコールのI.D.Flyでは巨大な風船がポヨンポヨン。2階席の高さまでポヨンポヨンしてきて、なんだこれめちゃくちゃ楽しいぞ。

スペシャルな演出は、管理人が気づかなかっただけで他にもあったかもしれません。めちゃくちゃ情報量の多いライブだったし、そもそもヲイラ、ヌボーっと呆けたような状態で観てることも多いし。
そうそう、終演後のツイートで初めて知ったんですけど、「Entertainment Show」の電飾のパターンが場面々々で変わっていたのには気づかなかったっス。アンコ-ルのときには「Entertainment Show」の文字の「encore」だけ順番に光っていたりとか、メンバーの挨拶のときにそれぞれの担当カラーに変わっていたとか。
そういうひとつひとつの拘りが感動を生むんだよなぁー。ヲレ電飾については気づいてないんだけども(笑)


特効ブシュウウウは惜しげもなく使用され、銀テープシュパ!もありました。でも、ステージ後方にある大きなスクリーンを使うこともなく、派手なLEDレーザーの乱舞もありませんでした。昨今の大会場でのライブ事情だと、プロジェクション・マッピングの技術を使って、「ないものをあるように見せる」「平面を立体的に見せる」という演出が行われたりします。そりゃあキネマ倶楽部の大きさやアイフラの集客では、プロジェクション・マッピングなんて使うわけもないんですけど、何が言いたいかというと、そういった現代的なステージ演出とは異なるテイストを、この『曲解の奇術師』から感じたということです。
特に、スクリーンの映像に頼らなかったのはポイントでしょうね。正直言って、驚きました。「映像」はこのENTERTAINMENT SHOWの要になるだろうと考えていたし、ドルフィーのワンマン『ピエロのアトリエ』『白い黒』でも、「映像」によるストーリーがライブ本編を貫いていたので。

昔ながらの舞台セット。
人間が作り上げたセット。
そこに感じたのは手作りの感触です。ガッチガチに作り込んだステージセットであっても、そこにはぬくもりがあった。この単独公演に携わった「人の手」の存在を感じ、そこに作り手それぞれの想いが透けて見えるようでした。
このセットの感じ…、どことなくPASSPO☆のラスト・フライトに通じるものがあるなって考えていました。ライブレポ(→コチラ)で「最強の学芸会」と評した、ラスト・ライブのステージに。
ステージセットだけでなく、ライブを構成する全てから「人力」であることがビシバシ伝わってきましたよね。


『曲解の奇術師』
単独公演ならではの仕掛けがありました。色々あった。
その仕掛けに驚かされ、心動かされました。
でも、ほんとうに重要なのは、そういう「仕掛け」に負けず劣らず、肝心のライブ・パートが強いことなのです。

そもそもドルフィー曲、アイフラ曲は強いのだ。
天才・西山雄作が作った名曲たちは問答無用につよいのだ。
楽曲の強さ、それだけでも心打たれちゃうのにですよ? それがこうした大舞台で奏でられているってことにさらに涙腺をヤラれてしまうのよ。事実、2曲目のfake pokerでさっそく泣いた。←
クッソ…、、、カッコ良過ぎる。狂おし過ぎる。

瞬く間に終わってしまったENTERTAINMENT SHOW、ずっと見入ってた。魅了された。
なんだか知らんが、観ていて胸がいっぱいになりました。
それは、メンバーが頑張ってるのを知ってるからとか、彼女たちの頑張りが伝わってくるからとかじゃないのよね。
メンバーやスタッフの努力、アイデア、“想い”。そういったものが、ステージの上でかっこよさや楽しさというかたちで結実してるから。カッコイイから、楽しいから、そういう空間と時間に自分が関わることできているから。
だから、感動する。
感動した。


「ファンと一緒に作り上げた単独公演」とは、メンバーの皆が言っていたことです。それは直接的には、対バン・イベントで動員1位を取った数に応じて、この単独公演で実現できるコトが増えてゆく…っていう企画のことを指していたのは間違いないでしょう。
先んじて披露されることになった、新たなドルフィー継承曲Angelic Devil [remake]もそうだし、新しく加わったグッズのタオルもそう。

特典CDとして配布され、ライブ中盤に披露された新曲舌冒の風も、そんな「みんなで一緒に作り上げたもの」のひとつです。
歌詞は→コチラ。 アイフラらしいふてぶてしいまでのメッセージが切れ味鋭いっす。音のほうも鋭いっす。アタマっからケツまでクリーンGtのカッティングが支配する、異色の曲。カッティングの鬼。そこに冷たく突き放したような、乾いた歌唱が乗っかる。natsukiとasuna2人による、「合唱じゃない、メロディックでもないサビ」が新鮮で、こりゃあ随分とアイドル・ポップスとは距離のある尖った曲だなぁ(笑)。媚びゼロ。
聴いたファンからは黒夢みたいな曲という声が多かったですね。どうやらワンマン用の曲らしいので、今後聴く機会はそれほどなさそうですが…?

それと、“3部”で披露された新衣装。
これまでの「黒」にしろ「赤」にしろ、メンバー毎に少しずつ異なったディティールでしたから、今回のような全員同じ仕様の揃った衣装は初めて。
これは 「トリコロール・ハルフォード」 だ。
何を言ってるのかワカンネーと思いますが、赤&青&白のストライプ柄のワンピースに、ミリタリー調の帽子と長めのベストときたら、「バカンス中のお嬢さん + Rob Halford」としか考えられなくなっちゃった。
結果、
避暑地のお嬢様はメタル・ゴッド
という謎のワードが思い浮かんだ。

robhalford_image.jpg
(JUDAS PRIESTのRob Halford/Vo)

ってゆーかトリコロールってさ、一説によると「君主と民衆の崇高かつ永遠なる同盟のしるし」らしいですよ? それってまんまプリースト!プリースト!って感じやんけ。
アイフラはメタル。
音的にもアティテュード的にもな。←

このトリコロール・ハルフォード衣装ですけどね、ハードさと柔和さのバランスが秀逸よね。でね、でね、踊るとですね、ワンピースの裾がふんわりとセクシーに翻る様がむをおおおお!なの。むをおおおお!なのよ。
今後この衣装が、それぞれの楽曲の中でどう機能するのか、どんな魅力を発揮するのか、楽しみですね。


記事の冒頭で、ダイヤモンドルフィーから続く(歌詞の)テーマについて、触れました。
そうしたテーマの連続性を保ちつつも、ストーリー仕立てだったドルフィーのコンセプト・ワンマンとは異なり、この『曲解の奇術師』は、アイフラが良い意味で「物語」に縛られない存在であることを示した公演になったんじゃないかな、と感じています。
ステージセットもひとつのテイストでまとめるのではなく、雑多な要素の横溢でした。これもドルフィー『ピエロのアトリエ』『白い黒』のセットとはかなり異なる雰囲気。
『曲解の奇術師』は西山プロデューサーだけでなく、メンバーの意見も大きく取り入れた単独公演になっていたとのことです。特に、元々は舞台志望だったという、natsukiのインプットは大きかったんじゃないでしょうか。トムを演じた山本浩輔氏は、natsukiのミュージカル学校での先輩だとか。

ドルフィーが「物語」ならば、アイフラは「舞台」。
文芸的な共通点はあれど、ね。

もっと突っ込んでいうと、ドルフィーの物語性が演出と曲(主に歌詞)に依っていて、ライブ・パフォーマンスはあくまで「アイドル」であったのに対し、アイフラは演出に依って「舞台」を感じさせるだけでなく、パフォーマンスそれ自体に「舞台」を内包している。そんなふうに感じる何かがある。ダンス/フォーメーションに依るところが大きいんでしょうけどね。
今回、2つのユニットの違い、というか向いてる方向性の違いが浮き彫りになったかな、と。


繰り返しになりますが、色々な見どころがあった単独公演でした。私の薄弱な記憶力では、そのほとんどを覚えていることができません。(だから映像作品化、たのむ)
そんな中、この記事を書いてる時点で強く印象に残っている「映像」は、颯爽とステージに登場するメンバーの姿です。その鮮やかさ、そのかっこよさを思い出すだけで、なんでか知らんがちょろっと涙が出てくるの。

最後の挨拶で、下手/上手/中央と三方向に向けて、深く腰を折ってお辞儀するのはドルフィーの頃からのお約束。MCナシの本編に加え、この光景を目にするだけでも、単独公演を始まりから終わりまでの一つの演目として捉えていることがわかるし、そういう姿勢は大好きです。
おまけに今回はゲストも含めて「みんなで」作り上げた公演ということもあり、メンバーだけでなくトム&キャリーに東京Hack石像さんに仮面の妖精3人と、出演者全員がステージに勢ぞろいしていました。ミュージカルの大団円のようなその様子を見て、このライブを観ることができて良かった!との想いが心の底から溢れ、晴れ晴れとした気持ちに包まれました。
管理人の初めてのアイフラ体験=初ワンマンのときに受け取った感覚は間違いじゃなかった。今、その思いをさらに強くしています。知的好奇心を刺激してくれる音楽が好きだ。


「何でもあり」
『曲解の奇術師』を観て、いちばん強く感じたのはこの言葉です。
制約から解き放たれ、面白れぇことなら何でもやってやろうという気概。
そういった気持ちが当人たちにあるのかどうか知らんですが(笑)、私が感じとったのはソレなのよね。
次のワンマン、『不条理なパレード』はEX THEATER ROPPONGIで行われます。大箱での椅子席公演。ひとつの大きな挑戦でしょう。

アイドルという枠組みを壊そうとしているのか、はたまた、それを越えてまた違った地平へと向かおうとしているのか。
そもそも「アイドル」という括りは音楽的方向性を根拠にしたものではなく、システム/売り方であるとか、どのシーンに属しているか/どのシーンで活動しているかに依った分類ですからね。そういや、この『曲解の奇術師』を観ている間、あまり“アイドル”を感じることはなかったなぁ。そういう狭量な括りとは関係ないところで、ひとつのエンタメとして楽しんでいた感じ。

アイフラのプロフィールには「entertainment girls unit」とあります。
アイドルでもバンドでもない、別個の表現者として、 「何でもあり」 であることを強く貫いてほしい気持ち。ブチかましてやっちゃってくださいよアイフラパイセン。
奇術師たちの「選択」を見届けたい。
制約を外した先、高く飛んだ夢の花の先はどこだ?


<セットリスト>
***** トムとキャリーによる口上 *****
01.カルーセルシンドローム
02.fake poker ~生き様に賭ける道楽~
03.天寵の聖歌
04.マイスクリーム

***** 衣装チェンジ(黒) *****
05.トロイの木馬
06.アイロニーディストピア
07.舌冒の風 (新曲)
08.Angelic Devil [remake]
09.ライフアクセル

***** 衣装チェンジ(Rob) *****
10.SNAKE GIRL ~勇敢愛心~
11.answer of kill
12.シュレーディンガーの猫のように
13.錯覚の喜雨

ENCORE1
14.I.D.Fly

ENCORE2
15.カルーセルシンドローム


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