打海文三『灰姫 鏡の国のスパイ』

打海文三_灰姫
打海文三『灰姫 鏡の国のスパイ』 (角川書店)

打海文三のデビュー作、『灰姫 鏡の国のスパイ』を読みました。
横溝正史賞の「受賞作」ではなく「優秀作」。因みにこの年の受賞作は該当なし。

北朝鮮の地下に潜り、日本に高度な情報を提供している謎の人物<灰姫>をめぐり展開する果てなき謀略の数々。大型新人渾身のポリティカル・サスペンス。第十三回横溝正史賞優秀作。

私にしては珍しく文庫本ではなく単行本ですが、これはしょうがない。文庫化されていないから。ず~~と待っていたけど、一向にされないから、諦めて買いましたわよ。
これで打海氏の作品は全て読んだことになるかな?


以下、人によっては「ネタバレ」と感じる部分があると思いますので、ご注意ください。
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横溝正史賞の選評にもありますけど、めちゃくちゃ読みにくいですね。どこのどいつか不明なまま次々と登場する固有名詞がクセモノですし、物語が動き出すまでに時間が掛かるし、それまでは感情移入がしにくいことしにくいこと。

スパイ物とはいえ、民間の会社模様を描いている小説でもあります。この舞台設定がまたクセモノで、スパイという「非日常」な世界だけでなく、読者により身近な「日常」の職場の描写も登場するわけです。すると、読むにあたって軸足をどこに定めればよいのか分からなくなってきて、どういう話なんだこりゃ?と混乱してくるんですよね。
でも、非日常な世界を徹底的に非日常的に描くのではなく、日常と連結させて描くのが打海流であるような気もするので、読みにくいなぁと思いつつも同時に嬉しくなってくるというヘンなジレンマを感じます。非日常と日常、両者は表裏一体のものなのか、そもそも分離できないものなのか。

読みやすさを考慮するのなら、構成する各要素の取捨選択と、配置する順番を整理するべきところでしょう。っていうかこの文章で応募するなんてどこまで無謀なんだ!?って思います(笑)。でも、どこへ着地するか全く不明な物語、ギリギリの命のやり取りをしているにも関わらずそこはかとなく漂うノホホンとした空気、全体を覆う厭世観と独特のユーモア、濃密な描写…と、これこそが打海文三!じゃないかと、このデビュー作の時点で既に感じるのです。特に、笑子のキャラは正に打海節全開で素晴らしい。
単純なステレオタイプに落とし込めない、人と人との複雑でぐちゃぐちゃな感情を表現すること。これが抜群に上手いのが打海氏なんだなー、と再確認しました。スパイ物のミステリ的な真相なんて、はっきりいってどうでもよいのだよ。


ただ実は、『灰姫』の本編よりも作者によるあとがき、その最後の部分に胸を突かれたのよね。あらためて感じた喪失感に。

選評を読んだ。手厳しい御批判をいただいている。技術の未熟さ以前に、言葉を使って読者に語りかけるわたしの姿勢に根本の問題があるのだろう。
それでもこの作品には見所があるのだと考えることにした。わたしの中にわたしが気づかない鉱脈が眠っているのだと信じることにした。そう信じてミステリーを書きつづけよう。



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