須賀しのぶ『神の棘Ⅰ・Ⅱ』

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須賀しのぶ『神の棘Ⅰ・Ⅱ』 (新潮文庫、上・下)

須賀しのぶの『神の棘』を読みました。
初めて読む作家。 

家族を悲劇的に失い、神に身を捧げる修道士となった、マティアス。怜悧な頭脳を活かすため、親衛隊に入隊したアルベルト。寄宿舎で同じ時を過ごした旧友が再会したその日、二つの真の運命が目を覚ます。独裁者が招いた戦乱。ユダヤ人に襲いかかる魔手。信仰、懐疑、友愛、裏切り。ナチス政権下ドイツを舞台に、様々な男女によって織りなされる、歴史オデッセイ。全面改訂決定版。

ユダヤ人大量殺害という任務を与えられ、北の大地で生涯消せぬ汚名を背負ったアルベルト。救済を求めながら死にゆく兵の前で、ただ立ち尽くしていた、マティアス。激戦が続くイタリアで、彼らは道行きを共にすることに。聖都ヴァチカンにて二人を待ち受ける“奇跡”とは。廃墟と化した祖国に響きわたるのは、死者たちの昏き詠唱か、明日への希望を込めた聖歌か―。慟哭の完結編。


オリジナルは2010年に発表された2作(Ⅰ、Ⅱ)ですが、2015年の文庫化にあたって大幅に改稿したようです。村上貴史氏の解説によると、「オリジナルを遥かにしのぐ作品に生まれ変わった」とのこと。オリジナルは読んでおりませんが、少なくともこの文庫版は私にとって超絶傑作ですわ。
重い。
実に、重い。


以下、人によっては「ネタバレ」と感じる部分があると思いますので、ご注意ください。
 ↓




マティアスとアルベルトという、幼馴染2人の人生を物語の縦軸に据えるとしたら、戦争と宗教(キリスト教)が横軸でしょうか。
「ナチス政権下のドイツ」という舞台設定がまず重い。
そして、そこに別種の“重さ”を持つ「宗教」というテーマを投入。
ダブルで重い。

修道士マティアスを“神”“善”の側に、ナチス親衛隊員アルベルトを“悪”の側に置くといった、安易な構図を取らないところがまず特徴でしょうね。登場人物の言動を媒介にした、作者の視点と舌鋒は鋭いです。戦争の苛烈さ、ナチスの無慈悲さを淡々と描写すると同時に、世界を(ドイツと周辺国を)そんな状態のまま放置しておく教会組織や神にまでその矛先は向き、存在の意義を追求し、静かに、しかし激しく糾弾する。
隠密裏に国外脱出させることに成功したマティアスに向かって、ユダヤ人の少女が怒りを以って言い切る次の台詞は、本作を象徴するものでしょう。

「いいえ。守ってくださったのは神じゃない。ブルーダー・パウル(=マティアスのこと)、あなたです。神は人を救えない。人を救うのは人だけです」


数多の資料を渉猟し、綿密な調査が行われたことを示唆する文章です。丁寧かつ平易な文体は読みやすいものの、詳細な描写ゆえに、読むスピードを鈍らせるということはあるかもしれません。実際に私も、下巻(Ⅱ)に入ってからの執拗な戦闘シーンにはページをめくるペースがガクンと落ちました。そこまで長々と書く必要あるのかしら、と。
主人公2人への思い入れが強いほど、先を読むのが辛くなってくるのが下巻です。

しかし、最終章である「第五章 神の棘」に辿り着くと、それまでの苦労(?)が一気に報われます。大河小説/歴史小説/戦争小説かと思いきや(勿論そういう側面が大きいんですけど)、途中にスパイ小説としてのサスペンス性をぶっ込み、さらに終盤になって突如ミステリ的面を剥き出しにしてくるのがサイコー。そこに至って、「あそこは伏線だったのか!?」と、作者の筆力に圧倒されるのです。

ミステリ的謎解きの小爆発を繰り返しつつ、物語は加速度的に進行し、「もう勘弁してくれ」というくらいの苦しみに覆われます。2人の数奇な人生は、長い物語の中で何度もすれ違い、何度も重なり合います。でも、心の裡を見せないアルベルトの想いに、触れたくてもずっと触れることの出来ないマティアス。そんなアルベルトがマティアスに対して最後に一瞬だけ心を開く、そのラストシーンの美しさとやりきれなさには、文字通り嗚咽した。

心にずっしりと残る、傑作。
凄いよ。


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