伊藤計劃『虐殺器官』

伊藤計劃_虐殺器官
伊藤計劃『虐殺器官』 (ハヤカワ文庫JA)

夭折したSF作家・伊藤計劃のデビュー作、『虐殺器官』を読みました。スタイリッシュな装丁が良いね。
買ったまましばらく放置していたんですけど、また注目、というか目に触れることが多くなったのは、2月に劇場アニメが公開されたことが原因みたいですね。

9・11以降の、“テロとの戦い”は転機を迎えていた。先進諸国は徹底的な管理体制に移行してテロを一掃したが、後進諸国では内戦や大規模虐殺が急激に増加していた。米軍大尉クラヴィス・シェパードは、その混乱の陰に常に存在が囁かれる謎の男、ジョン・ポールを追ってチェコへと向かう……彼の目的とはいったいなにか? 大量殺戮を引き起こす“虐殺の器官”とは? ゼロ年代最高のフィクション、ついに文庫化。

初めて読む作家ですけど、これはすんごく面白い。


以下、人によっては「ネタバレ」と感じる部分があると思いますので、ご注意ください。
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「セロ年代最高のフィクション、ついに文庫化」と帯に謳われています。
知ってればニヤリとする固有名詞の乱発(逆に知らないと置いてきぼりをくらう)や、知識の奔流に飲み込まれるような語り口は、なるほど時代性を映しているというか、若い世代やヲタク/サブカル大好き層に響くところがあるんだろうな、と感じます。ロック好きっぽい描写もあちこちにありますしね。まさか『頭文字D』まで飛び出してくるとは思わなかったけど。

タイトルにある「虐殺器官」という設定が素晴らしいですね。
その細かい描写や仕組みの説明が無いことが「否」の意見として挙げられているようですけど、個人的にはそれがミステリアスでいいんじゃないかなぁ、と思います。薄ぼんやりと匂わさせつつも具体的なことは伏せてあるわけですけど、そこに説得力を持たせるための伏線は巧みに張り巡らせてありますしね。脳の働きと絡めた感覚をマスキングする技術や、「人は見たいものしか見ない」というくだりだったり、啓蒙/啓発/プロパガンダに関する登場人物の議論だったり…etc…。
それら、読んでいる時には何気ないと思っていた各シーンが、斬新な着眼点と有機的に絡み合わさっていく様はワクワクさせられるし、無駄にダラダラと間延びせずにコンパクトにまとめられている点が驚き。デビュー作とは思えないほどの文章力ですわ。

黒幕ジョン・ポールの目的は終盤まで明かされず、最後まで読者のドキドキ感を持続させます。その真相と裏に込められたジョンの想いが明らかになるくだりはなかなか読ませますし、そして愚鈍なワタクシはそこに至ってようやくテロと民族紛争/内戦の説明がここに結びつくんだと納得するわけです。

それよりも納得がいかなかったのは、ジョンの愛人=ルツィアへの主人公の傾倒っぷりですわね。
ま、これも母親の生命維持装置を自身の判断で止め、「母親を殺した」と思い悩む姿を散々登場させた末での展開があったり、死んでしまった母親からの免罪や罰を期待することが叶わない今、生きている彼女(=ルツィア)から罰してもらおうとするって流れは分かるんだけど、彼女じゃなきゃいけないっていう必然性に乏しい気がする。

その点を除くと、重箱の隅をつつくような些細なマイナス点より、面白さの方が何倍も強く感じる作品でした。
本作の中で最も“普通の人”を体現している(それでも彼は暗殺を仕事にしている軍人なんだけどさ)ウィリアムズの存在がいいね。途中何度も、作品に漂う緊張感や焦燥感を和らげてくれる。それだけに彼のあの結末は…、、、 ι(´Д`υ)
作品自体のラストシーンも賛否あるところでしょうし、私もあんまり好きではないんだけど、最初っから主人公の二面性(軍人としての有能さと、ナイーヴ過ぎる一青年像の同居)は散々語られていたし、カウンセリングを巡るやりとりにも一定のページが割かれていたことを考えると、ぐうの音も出ん、ってのが正直なところでしょうか。


作者の書きたいことがバーストしておりそれが気持ちいいんだけど、同時に各要素を冷静にコントロールして一流のエンタメとして仕上げるという離れ業が炸裂している傑作。
凄ぇや。


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