ジム・トンプスン『おれの中の殺し屋』

ジムトンプスン_おれの中の殺し屋
ジム・トンプスン『おれの中の殺し屋』 (扶桑社ミステリー)

ジム・トンプスン『おれの中の殺し屋』を読みました。『内なる殺人者』のタイトルで出版されていたものの新訳版ですね。死後、ノワールの旗手として再評価されているトンプスンとその作品群ですが、本書より『ポップ1280』の方が評価は高いのかな?どっちも傑作で、コインの表と裏みたいな作品かと。スティーヴン・キングが解説を寄せていますが、それがかなり本作と作者の魅力を上手く分析していて「さすが」だな、と思わせられます。

以下、人によっては「ネタバレ」と感じる部分があると思いますので、ご注意ください。
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保安官助手の主人公、ルー・フォードがシリアルキラー。ただし、超人的でもアンチヒーロー的でもない。自らの美学に則って犯罪を犯す登場人物とは違い、ルーはごく普通の人物と同じような考え方や言動をしたりもする。それがルーの一人称で語られるのだから、読者にとってはどこまでが正気でどこからが狂気なのか判別ができない。これがとても怖いのです。特別な人物ではない主人公が狂気を孕んでいるところが。

破滅的なラストでルーは(というか作者は)こう言います。
「うん、これで終わりだと思う。おれたちみたいなやつらにも次の場所でチャンスが与えられるなら別だが。おれたちのようなやつら。俺たち人間に」
「ねじれたキューでゲームを始め、あまりにも多くを望んで、あまりにわずかしか得られず、よかれと思って、大きな悪を為す者たち。おれたち人間」
「おれたち、みんな」


安物雑貨店のドストエフスキーとは言い得て妙。

そしてこれが1952年出版というのだからぶっ飛んでいるというか、時代を先取りし過ぎています。
『ポップ1280』と合わせて再度じっくり読んでみようと思います、またいつか。
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