Neo-Zonk@高田馬場音楽室DX

Neo-Zonk レコ発ツアー東京篇 高田馬場音楽室DX (2015/11/14)

大沼あいと長崎祥子によるツインキーボード・プログレ・インスト・ユニット、Neo-Zonkのワンマン・ライブを観てきました。
初めて観たのは今年7月の吉祥寺SILVER ELEPHANTでした(レポは→コチラ)が、その時と同様、サポートDrはCROSS VEINのko-sukeこと鎌田紘輔。今回のライブは、アルバム発売に伴うレコ発ツアーのファイナルということです。

会場の高田馬場音楽室DXは、ライブハウスというよりライブ・ステージのあるダイニング・バーといった趣ですね。ドリンクだけでなく、料理も充実しているよう(…なのでそこそこお値段掛かりますけど)。ホワイトとオレンジの綺麗な内装で、お洒落なカフェに入り込んだような気にもなりましたが、ズラッと居並ぶのはプログレ・オッサ(ry
私が開演15分ほど前に到着すると、こじんまりとしたフロアは既にほぼ満席状態でした。扇形のステ-ジは、中央最奥のドラム・セットを囲むようにして2基のキーボード台が配置された、トライアングル状。今回発売になる新譜、というか前身ユニットであるZonk-Monkのシングルを数えなければ初めての音源であるアルバム「LUMINOUS」のイメージ・カラーに合わせてか、SAKAEのドラムセットの色も登場したメンバーの衣装も白でした。
私の着席した位置は、かまちょの正面あたりのフロア後方。大沼嬢・長崎嬢は、共に少し身体を動かすと見えるという感じ。手元とベースペダルを操る足元は全く見えません。

アルバムからの新曲もあれば、「あぁコレは前回聴いたことがある」という曲も合わせて、二部構成(とアンコール)全10曲ほど・2時間半超のライブでした(途中休憩時間含む)。まぁそのタイム感から分かるように、1曲が長いんですわね。CDの収録時間よりもライブで再現する方が、より長い。それは元々の曲が長尺だってのもあるし、さらには各人のソロが入ったり、元々あるそれが拡張されてるからだったりします。
長々とした楽器のソロと一口に云言うと、ジャズ系のライブがパッと浮かびますが、Neo-Zonkのライブはそれとはちょっと違う感じかなぁ。かまちょのDrも含めてソロ回し的なパートがあってそれが終わると拍手、みたいな流れはあるんですけど、メイン・テーマの間にソロ・タイム用の時間がガッツリ取ってあってその中で各楽器が自己陶酔的に白熱したソロ・プレイを繰り広げるという感じが、Neo-Zonkにはあまりありません。「メイン・テーマ部+ソロ・タイム」という構造ではなく、楽曲の元々のメロディ展開の中に自然とソロ・パートが織り込まれている、といった感じ。ですので、「あぁ今、○○がソロやってるなぁ」とは分かるものの、他の2人も同時にリズムやメロディを奏でており、聴き処は多岐に渡るし、ソロ・パートが曲の流れを一切阻害しない。それが実に心地よいですね。

また、プログレメタル的緊張感を湛えるパートはあるけれど、各楽器がぶつかり合ってる構図とはちと異なるように感じるのも特徴。ロマンティックなメロディ使いが多いし、キラキラシンセだったりピアノだったりオルガンだったり、はたまたヴァイオリンやベースだったりと、2台のKeyがとにかく多彩でカラフルな音使いをするので、「楽器間のぶつかり合い」というより、「メロディが競演している」という風に捉えたい音像です。
それが余裕を以って行われているから、こっちは驚くわけですよね。曲が終わるたびに「すげー…」と息を吐くほかないです。3人とも複雑怪奇なアップダウンをニコニコと笑顔で楽しんでプレイしています(大沼嬢は、もしギタリストだったら“顔で弾く”タイプだな、と思ったが/笑)。スリリングではあれど、殺伐とした空気は皆無。

鍵盤に触れると音が出る。
当たり前っちゃあ当たり前過ぎることで、そりゃあオイラだってシンセに電源入れて指一本で鍵盤を押下すりゃ音は出るわけですが、そういうことじゃなくて、大沼嬢&長崎嬢2人が鍵盤に触れるとメロディが溢れ出る。そんな風に表現したいのよね。別に「彼女達だからこそ!」みたいな特権めいた話をしたいわけではなくて、技術的に優れており、かつメロディに敏感な演奏者であるならば当然そうなんでしょう。指と楽器を通じて、(「音」じゃなくて)「音楽」が迸り出ている。

それはかまちょのDrについても同じで、シンプルな楽器編成ゆえに(シンプルな音楽、ではない)DrもKeyと同等、時にそれ以上の活躍をしますし、リズム楽器というだけでなくこれはもうメロディ楽器であるな、と。前回も思いましたが、かまちょのDrプレイやべー!、です。Terry Bozzioくらい多種多様な機器が一体となってるセットならともかく、あのシンプルなセットでどうやったら強弱・音色・フレーズ、あそこまで使い分けられて、Keyを邪魔せず盛り立て、かつ自分のプレイを流れるように魅せられるのか。
職人というか、技術に秀でた人の動作には美しさが宿るわけで、見ているだけでその所作にはうっとりさせられるものがあります。鍵盤の手元は見えないからかまちょの叩きっぷりばかり目で追っていましたが、その動き自体もう一つの芸術品だな、と。そこに音に依る耳福(?)が加わるのでこれはもう至福のひととき。

結局、音楽を生み出すのはハードウェアではなく、個々人の手足、そして感性と表現力だよな、と思うわけです。
関西の高校時代からの友人・先輩後輩関係である3人による、凄まじい演奏と豊かなメロディとニヤニヤ&ほっこりするようなMCが生み出す幸せな空間でした。
素晴らしかった。

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