京極夏彦『死ねばいいのに』

京極夏彦_死ねばいいのに
京極夏彦『死ねばいいのに』 (講談社文庫)

京極夏彦の『死ねばいいのに』を読みました。
すげぇタイトルだなぁ。
ノンシリーズ物ですね。

死んだ女のことを教えてくれないか。三箇月前、自宅マンションで何者かによって殺された鹿島亜佐美。突如現れた無礼な男が、彼女のことを私に尋ねる。私は彼女の何を知っていたというのだろう。交わらない会話の先に浮かび上がるのは、人とは思えぬほどの心の昏がり。極上のベストセラー。

筆者の『厭な小説』を思い起こすような感覚。


以下、人によっては「ネタバレ」と感じる部分があると思いますので、ご注意ください。
 ↓

『厭な小説』と似ているのは、短編1編1編が相互に関わり合って…という構成もそうなんですけど、人間の内面を鋭くえぐる筆者の視線が共通しているように感じるからですね。

眼を背けたくなるようなこと、あまり大っぴらにはしたくないこと、そうだと思ってはいても口に出すのは憚られること…etc…、そういう後ろ暗いけど確実に存在している事象に無理やりスポットを当てるような作風。
そして、そんな正論を吐く語り部としてのポジションに、チャラ男口調の若者を据えるイヤラシサな(笑)。流石だわ、京極先生。

同じような構成の短編を5編積み重ねており、初めは新鮮に感じたそれも読み進めるにつれてちょっと飽きてきますが、その「積み重ね」「繰り返し」「反復」こそが、結末の『六人目。』で活きてくるのだから上手い。

上手い、んだけど後味は悪い。
“憑き物”が落ちないから。

筆者のシリーズ物、例えば百鬼夜行シリーズや巷説百物語シリーズが(ごくごく大雑把に言うと)ラストで“憑き物”を落とす構成になっているのに対して、本書は短編1編1編の中ではチャラ男口調男=ワタライケンヤの快刀乱麻を断つって感じの物言いが冴えるものの、最後の最後で“憑き物”をおっ被されちまいますから。
コワイコワイ。
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